天然誤読生活

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【書評】アティカス、冒険と人生をくれた犬

 

アティカス、冒険と人生をくれた犬

アティカス、冒険と人生をくれた犬

 

冒険は不安を生むが、冒険を諦めれば自分を見失う。高次の意味で冒険とは、自分を知ることである。 キルケゴール

 この本はすごくいいです。星5つでおすすめです(満点)。どんな話かといいますと・・・。

 書き手は小さな街で独立系のひとり新聞社を経営している男トム・ライアン。ひょんなきっかけから、羊みたいな犬のマックスを譲り受けることになる。あまり気がすすまなかったが、いざ一緒に暮らし始めるとトムはマックスに夢中になる。不器用な哲学者のような風貌のマックスに自分との共通点を見つけてトムは心安らぐ。しかし、幸せな生活は長く続かない。マックスは天国へ旅立つ。

トムはまた一緒に暮らしてくれる犬を探す。ペイジという女性ブリーダーがアティカスという子犬を譲ってくれる。トムはペイジから「最初の一ヶ月はとにかくどこにでも連れて行ってあげて」とアドバイスを受ける。トムはそのアドバイスを守りアティカスとトムは親友となる。しかしトムは新聞記者として充実しつつもどこか満たされないものを抱えている。トムはペイジのもう一つのアドバイスを思い出す。「生活に問題があると、子犬はそれを拡大してみせてくれるの。だから覚悟しておいて」

トムはアティカスのために、そして自分のために、何かを変えなくていけないと決意する。そして山を登りはじめる。アティカスと一緒に。ふたりは山登りの最高のバディとなり、助け合いながら、誰もがおどろくほどのスピードで多くの山の登頂に成功する。しかし冬山の登山を終えて帰ってきてからのアティカスの様子がおかしい・・・。

というような、まるで犬と飼い主を主人公にした映画のストーリーのようですが、現実の話を描いたノンフィションです。で、著者はこの本の主役はアティカスであると、力説していますがどうみても主役はやはり著者であるトム・ライアンさんご自身です。

そして山の物語とも、犬との友情物語ともいえますが、これはトムと父親の物語であると思いました。アティカスという相棒であり、ある意味メンターである犬との旅を経て、つらい関係にあった父親を少しずつ理解し、和解していく、というストーリーがバックボーンとしてあります。本書内でもたびたび引用されていますが、ジョセフ・キャンベルの提唱するあらゆる神話に共通するというヒーローズ・ジャーニーを地で行くトム自身のストーリーです。

父もまた、自分を変えようと努力したのだと思いたい。〜中略〜父は美しいものを愛し、心を揺さぶられもした。自分の望みもわかっていた。父はただ望みの叶え方を知らなかったのだ。〜中略〜あるいは、人生に幸福を見いだせなかった父の無念が、わたしを真の冒険に導いてくれたともいえる。わたしは、父がいきたかった場所をいくつか訪れた。冒険をやり遂げられたのは、父が自身の旅で我知らず撒いてきたパンくずのおかげであり、唯一無二の小さな犬のおかげでもある。p214

で、ヒーローズ・ジャーニーといえばスター・ウォーズを思い浮かべますが、あれってどうみても主役のルーク・スカイウォーカーよりも相棒のハン・ソロのほうがカッコイイですよね。で、この作品もその点、同じようで、主役のトムよりも相棒のアティカスのほうがカッコイイです。彼が山でヘラジカと出会い見つめ合う場面、トムとの約束を守りネズミを襲わない場面、そして山の頂上で風に吹かれて眼下の風景を見つめる場面。それらのシーンが読了後もしばらく頭から離れません。カッコイイどころか、神々しいくらいなのです。

アティカスは、鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳ぐように、山をのぼった。これほど多くを奪われたいまでさえ、アティカスはただ一心に、望む場所へ向かってあるき続けた。いや、あるいはそこは、目指さなければならない場所だったのかもしれない。

とうとう、ディッキー山の頂上にたどり着くと、アティカスは、ゆっくりと岩の上にあがった。そして、腰を下ろした。

岩の上に座り、みえない目を風の中へ向ける。盲目の王が、足元に広がる王国の存在を感じているかのようだった。そこからは、4千フッターを望むことができる。まちがいなく、アティカスには山々の叫ぶ声がきこえているようだった。やがて、あの深いため息をひとつつくと、小さなブッダは落ち着いた。p206 

そんなアティカスについてラスト間際で誰かがトムに質問します。「アティカスは完璧な犬なんですか?」それに対するトムの答えに私は落涙しました。なんと答えたのか気になる方は本書を読んでみてください。