難しいことはわからないけど、サルトルという人は良いこと言うなぁ、という一冊。
サルトル『実存主義とは何か』 2015年11月 (100分 de 名著)
- 作者: 海老坂武
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2015/10/26
- メディア: ムック
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「人間は作るべきものである。人間は彼自身の立法者である。」
実存主義ってなんぞや?ってことに対してこれほどわかりやすく解説した本はないでしょうね。テレビ版は見ていませんが、このテキスト版はとてもわかりやすいです。わけのわからない難しい本を読むよりこの本を5回くらい読んだほうが実存主義の本質のようなものをつかめるんじゃないかな?なぜかっていいますと・・・。
哲学なんて、自分で消化吸収してそして役に立てなければ何の意味もないじゃないですか?哲学は頭の良い人のおもちゃではなくて我々普通に生きている人間が少しでも充実して生きられるように過去の哲人たちが考えてくれた『アイデア』なんじゃないでしょうか?おそらくこの本だったらがっつりとその『哲学』というアイデアの美味い部分をいただけます。自分は大変面白く一気に読めました。
サルトルのいう『主体性』を簡単に解釈しちゃうと人間ってもともと生きてる意味なんて全くありませんよー!という事ですね。これだけ聞くとギョッとしますね(笑)だけど話は続きます。
始めから意味が与えられているわけではない、という事を前提においてそれぞれの個人が『主体的』にその『人生』または『生命』と名付けたものに意味を付け加えることでしか意味も目的も存在しないということなんですね。
人間はまず先に存在し、従って自分の本質というのは
そのあとで自分自身で作るものだ。
人間は自ら創るところのもの以外の何物でもない
どう思われますか?あなたの生命もあなたの大切な人の人生にも意味はないと言われたら?あんまり気分の良い話ではありませんよね。だけどそれで終わったらただの皮肉なニヒリストでしかないですね。話はここから。
こう考えてみるといかがでしょうか?上の話は、逆に言うと、『人生』または『生命』とは真っ白なキャンバスであってそこに何を描くのか?という自由を人間は与えられているという事も言えるわけですね。
このあたりがサルトルの実存主義が『希望の哲学』とも言われている理由なのでしょうね。人間万歳!!!という事になりますね。なぜなら未来はいかようにも自分自身が
選びとることもできるという事ですから。だって一歩先の未来というものは何も決定していない。自分で選べるんですよ。つまり『未来は僕らの手の中』ですねーー。
https://www.youtube.com/watch?v=7eaZqr8yRyE
はい、果たしてこの考え方以上に『主体性』のある考えというのはあるのでしょうか?
もちろんリアリストでもありますのでこんな言葉も残しています。
未来と言うのは目的であり希望である。行動は失敗するかもしれないし、むしろ挫折することの方が多い。しかし挫折の中にほとんど見分けのつかない成功が含まれている。希望がすっかり失われるわけではない。進歩と言うのはそういう形でしか実現しないのだ
そしてこのテキストにはサルトルの生涯についての記述もありました。身長は157センチと小柄で斜視。第二次世界大戦では少し奇妙な兵役生活を送っている。戦後は政治に対して積極的に関わり、どんな問題に対しても自分の意見を表明した。その潔さは多くの人に評価されこんな言葉も残されている。
アロンと共に正しくあるよりは、サルトルとともに誤ることを選ぶ
注(アロンとは若き日のサルトルの友人であり、同時代の高名な哲学者)
1980年に亡くなったサルトルの葬儀には5万人の市民が集まったそうです。多くの人に愛されていたんですね。そのサルトルが亡くなる直前に弟子(秘書?)のレヴィと交わした会話が印象的。
レヴィが『むしろ目的と言う観念などは捨てた方が良いのでは』
と挑発的なこと言うと、サルトルはすかさず
「じゃぁなぜ生きるんだい?」
と言い返したそうです。
なんか、いい感じじゃないですか?この人。
2016/06/27