一ヶ月間ネット断ちするとどうなるか?という著者の実体験が面白い一冊
オンライン・バカ -常時接続の世界がわたしたちにしていること-
- 作者: マイケル・ハリス,松浦俊輔
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2015/08/24
- メディア: 単行本
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邦題が「オンラインバカ」と苦笑してしまうタイトル。加えて文章自体も読みにくいので、少々とっつきにくい一冊。だけれども、私はかなり面白く読めました。なんでかって言いますと、読んでいるうちに、書かれていることに反応して私の脳内にいろんな発想が湧いてきたんですね。「考えるヒント」になる一冊というのかな?そういう事があるのも本を読む楽しみのひとつ。すぐに役立つ本ではなくても。では、どんな本かといいますと・・・。
この本の著者のマイケルハリスは1980年生まれのカナダ人。ネット以前の「つながっていなかった世界」と現在の「常につながっている世界」をどちらも知っている最後の世代だということ。
生まれたときから「常につながっている世界」にいる世代をデジタルネイティブと呼んだりしますね。そのデジタルネイティブといわれる世代は何年生まれくらいの子供たちでしょうか?ADSLでの常時接続が始まったのが2000年くらい、iPhoneが発売されて10年くらいだろうから、21世紀生まれのこどもたちはデジタルネイティブと言えるかもしれないですね。
で、著者はライターという職業柄、常につながっている世界にどっぷりと浸った生活を送っている。だけど「つながっていなかった世界」を知っているものとしては、「常につながっている世界」に疑問を呈するわけです。何か大事なものを失ったのではないのか?と。
「私が育った静かな郊外では、家の近くに誰も行かない緑の丘があった。お手軽な山歩きができて、庭の向こうの舗装していない道を登って、家族との付き合いから逃げたくなったとき、あるいはうんざりする家事の手伝いから逃れたいだけでも、週末に本を1冊持って、そこへ出かけた。子供には健全な付き合いの時間だけでなく、孤独の時間も必要だ(それ以外にどうすれば、心は自分で幸せになることを学べるだろう)。しかしこうした孤独の時間は子供が見つけるだけの場合が多く、一方では常に社会が用意されている。私は9歳の時その緑の丘に寝そべって、本を読んだり、長いことをただ空を見ていたりしたことを覚えている。子供っぽい考えが頭の中でぶつかり、最後には一つ一つ消えていき、空っぽの意識だけが残される。私が生きてきた中ではそれらの経験は、何よりも宗教で言う昇天に近く感じる経験だった。孤独は不快をもたらすかもしれないが、その不快が健全で刺激的なものになることも多い。私たちはぼんやりできる最後の世代なのではないかと私は心配している」
で、いろいろと悪戦苦闘するわけです。その過程での思索とか、具体的な行動がこの本には書かれているということです。例えばデジタルネイティブは長い小説を読むという
集中力の継続が出来なくなっているのではないのか?と思い、自らトルストイの「戦争と平和」を読破しようと企む。ところがデジタルネイティブではないはずの筆者自身がうまくトルストイに集中できない。一人の登場人物にいくつも呼び名があるというロシア人たちのキャラクターがこんがらかって一向にページが進まない。30分も読んでいると、SNSやメールが気になってまったく集中できない。昔のロシア人たちの高潔な魂の記録よりも、ネット上で今日もアップされる「段ボール箱にはまった猫の動画」が気になって仕方なくなるんですね(笑)
加えて一ヶ月間ネット断ちをした時の記録も書いてあります。あんまりにも退屈なので「ウォーリーを探せに夢中になった」とか、世界から見捨てられたような気がして「郵便配達が異常に待ち遠しくなった」とか結構笑えたりするところもあります(笑)
で、まぁ最終的にはネットの世界を離れる、というよりもうまく活用していきながら「つながっていなかった世界」を知るものとしては、以前には存在していた「空白」の時間を意識的に保とう、という無難な結論になるのですが、その点は私もそう思いますね。「常につながった世界」から刺激と情報を得て「つながらない世界」で思索をして
その思索を形にして「つながった世界」へ還元する、というのが良いのかな?なんて思いますね。
そのためには具体的にスマホを持たずに外出するとか(せめて電源を切っておくとか)
する時間を無理矢理にでも定期的に作るなんてことも必要になるのかもしれません。
まぁ「つながった世界」と「つながらない世界」の両方からおいしいところをいただこうとする欲張りな考え方ともいえますね(笑)
2017/07/25