天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

【書評】呪われた町☆ホラーの帝王は速読を許さない

 

呪われた町 (上) (集英社文庫)

呪われた町 (上) (集英社文庫)

 

 スティーブン・キングは好きな作家なんですが、全部の作品は読めてません。読めてない作品のほうが多いくらいです。なんでかっていいますと、とにかく一作一作がやたらと長いんですよね。だから、読むときは気合いを入れて、余暇時間をしばらくキング様に捧げるつもりで読み始めないといけない、ということで、読みたいと思ってもなかなか手に取る機会がやってこないということになるわけです。

だけどこのブログでも書いてますけど、最近速読を試してます。その手法を使えば多少は速く(面白さを失わずに)読めるのではないかと思い、長らく積読だったキングの第2作目にあたる【呪われた町】にチャレンジすることにしました。で、上下巻一気に読みました。その結果は・・・。

 なんと11時間かかりました!全然速読じゃないですね(笑)普通に読むよりも時間がかかりました。ホラーの帝王は速読を許してくれないことが判明しました。残念。

なんなんでしょうね。もう読み始めて30ページ目くらいですでに「ああ、これ熟読しなくちゃ意味ないな」ということに気がついてしまったんですね。

つまり読み始めると速読してさらりと読み飛ばすということがもったいないくらい興味深い小説であるということがすぐにわかるんですよ。

で、その興味深さの理由ですけど、この作品に限って言うと、ストーリー展開はあまり面白くはありません。この小説はいわゆるありきたりな吸血鬼ものです。血を吸う奴らが町に現れて、さぁ大変というお話です。血湧き肉躍るという意味でのストーリーの面白さでいうと、この作品に影響をもろに受けたであろう漫画【彼岸島】のほうが約12倍くらい面白いと思います。

 【呪われた町】はそれほど驚くような意外な展開もないですし、反対に誰もが待ち望んでいそうなベタな展開(ドラマを盛り上げるテクニック)も避けているように思えます。

例えば役にたたないチキンな保安官が最後大化けして活躍するとか、吸血鬼になったヒロインが主人公ベンを誘惑しにくるとか、なんていう誰でも思いつきそう場面、だけど盛り上がり必至という場面は描かれていない。

だけど、そのようなエンタメ的な面白さとは違う部分でこの作品はとても興味深いんですね。具体的に言いますと、作品中に出てくる普通の人間たちの描写がすごいんです。

狭い田舎町でなんとかまともに生きている人や、反対にどうにもうまく生きていくことができない人、それらのたくさんの人たちが集まってひとつの町を形作っている、という様子が丹念に描かれていて興味深いんですよ。

例えば旅行かなんかで、この作品の舞台である架空の町ジェルサレム・ロットを訪れたとしてもただの田舎町にしか思えないと思うんです。だけど、その町に住む人たち一人ひとりの人生の秘密をこっそり教えてもらって、その秘密と秘密が網の目のように絡まり合って、このジェルサレム・ロットという町が出来上がっている、という事実を知るとその町にがぜん興味が出てくると思うんですね。

そのようなことを、キングは、ほとんどストーリーに影響を与えないような脇役の人生さえも丹念に執拗に描くことによって、読者がジェルサレム・ロットに興味をもつように描いているんですね。

その手法を日本では小野不由美さんが【屍鬼】という作品で踏襲しています。屍鬼は日本が舞台なので、生粋の日本人である私が共感するキャラクターも何人か出てきたわけです。

しかし、なぜか今回1975年のアメリカを描いた【呪われた町】を読んだら【屍鬼】以上に、自分にとって親近感を覚えるというか、共感するキャラクターが多数いて驚きました。

屍鬼〈1〉 (新潮文庫)

屍鬼〈1〉 (新潮文庫)

 

 具体的に言いますと、町のダメ人間たちなんですけどね。酒場で誰かに一杯の酒をたかることしか考えていない初老の男ウィーゼルとか。面白いことにこのウィーゼルの下宿先の部屋はとても片付いている、なんていう描写もあって、そこも、一筋縄ではいかないキャラクター造形がされていたりもする。大酒飲みの初老の男の部屋がきれいに整頓されているという描写でキングは彼をどう描こうとしていたのか?描かれていない初老の男の人生を読者にどう想像させようとしたのか?なんてことも考えたりしますね。

で、自分を必要以上に卑下するわけではないんですが、私もいい加減、自分のダメな部分なんかをはっきりと認識できる年齢になって、それに対して絶望するというよりも、仕方ないじゃないか、それもいいんじゃねぇの?という自己弁護というか、一種心地よいぬるま湯的なあきらめを感じ始めたり、でも、いやいやまだまだ踏ん張らなくちゃいけないんじゃないの?なんて葛藤を感じたりもするんですが、このキング作品に出てくるダメっぽいキャラクターたちの造形を読むと、まるで自分の鏡を見ているような気もしてきたりして、なんか考えさせられたりもして興味深かったりするわけです。

そのあたりの感覚というのはカイジという超絶面白漫画の作者である福本伸行先生の【最強伝説黒沢】を読んでいるときの感覚にも近かったりしますね。

最強伝説 黒沢 1

最強伝説 黒沢 1

 

 でも考えてみればこの呪われた町を書いたころのキングってまだ20代なんですよね。それもたぶん20代前半くらいのような気がします。その歳で、50代や60代のキャラクターたちの心情をエスパーかイタコのごとくリアルに描いていた、ってのが、驚異的だよなぁとも思えますね。そこがスティーブン・キングが帝王といわれるゆえんであるんでしょうね。帝王の想像力と観察眼は異常です。その能力、はっきり言って吸血鬼よりも怖い。ということでホラーの帝王は速読を許してくれない、という話でした。

呪われた町 (下) (集英社文庫)

呪われた町 (下) (集英社文庫)