天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

速読実践9 【母の記憶に ケン・リュウ】その1☆速読からオートマチックで熟読へギアチェンジ

最近速読を試しているわけですが、すこし心配なことがあります。速く読もうとして、表面だけなぞるような薄っぺらい読書になってしまわないか?

せっかく出会った本の旨味を味わえない読書になってしまうのではないのか?

それは食感や深い後味が目玉の、美味しい料理をろくに噛まずに、次から次へと胃袋の中に流し込んでいるだけみたいな読書になってしまうのではないのか?

ところが、今回読んだケン・リュウの小説でその考えは違うのかもなぁと思いました。といいますのは・・・。

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

この【母の記憶に】は短編集です。全部で16編収録されているのですがとりあえず7本目まで読みました。

で、そのなかの一編【レギュラー】 を読んで驚きました。

いつものようにメトロノームをセットして、テンポよく読んでいたんですが、ページ数67ページなのに結局1時間38分(98分)かかってしまったんですよ。

1分間あたり321文字。

これは完全に熟読ペースです。内容が理解できなくて戻ったりしたということではないのです。読んでて面白くて自動的にじっくりと読んでしまったのです。この感覚は松本清張の【点と線】を読んだ時も感じたことでした。

lifeofdij.hatenablog.com

つまり、速読しようとしても自分的に響く本は自然に脳内のギアがオートマチックでローギアに切り替わるように、熟読モードに入る、ということのようです。

ということは、今のところの仮説としては、どんな本であろうと、まず速読から入ってもいい、自分にとって意味のある本はその本に適したスピードに切り替わる、ということではないのか?

そんなことを思いました。まだ仮説ですけどね。また検証は続けていきたいところです。

 

さて、この【レギュラー】の内容を軽くご紹介します。

近未来ミステリです。主人公は娘を殺人犯に殺された過去を持つ元刑事。現在は市立探偵の49歳の女ルース。ある殺人事件の被害者の母親がルースに真犯人を捕まえてくれと依頼します。警察はおざなりな捜査しかしていない、ということで。

ルースは同じような事件が連続していることに気がつく。そして被害者は常に高級コールガールであり、頭部が著しく破損しているということから、犯人の狙いを特定する。そして次の被害者になりうる可能性の高い女性とコンタクトをとり、犯人が現れるのを待つ、すると男がやってきて・・・。

というストーリーなんです。古典的な探偵物というかスリラー系の典型です。トーマス・ハリスのレッドドラゴンのパターンに近いかな?とも思えます。

しかしこの小説がありきたりのスリラーを飛び越えて面白いのは、少し未来に実用化されるだろうと思われるテクノロジーを使って、前述したとおり古典的な私立探偵物に仕上がっている、というのがすごいと思うのです。

そのテクノロジーというのは、ウェラブル系の技術です。身体の中に機械を埋め込んで人体の機能を拡張するというもの。外面的な筋力増強装置もありますし、加えて感情さえ機械によって拡張してしまう<調整者>というデバイスが興味深いですね。脳内にチップを埋め込んでセロトニンドーパミンの分泌量を調整するんですね。で、意識をコントロールする。ルースは刑事だったときにその装置を装着したそうです。刑事ですから危険な場面に遭遇する機会も多いわけです。たとえば凶悪犯に出会ったとき、ためらいなく発砲できるか?みたいな場面ですね。その時、通常よりも脳内にアドレナリンを多く分泌させて躊躇なく行動できるようにする・・・なんて利点があったりするんですね。

背骨の上端に埋められたICチップと電子回路の集合体である<調整者>は、大脳辺縁系と、脳に注ぎ込む主要な血管と繋げられている。機械工学および電気工学のレギュレーターと同様、調整者は脳内及び血流内のドーパミンやノルエピネフリンセロトニン、その他の科学物質の濃度を調整する。過剰がある場合には化学物質をしぼり、不足がある場合には分泌を促す。

このインプラントは、個人に自分の基本的な感情制御することを可能にさせる。恐怖や嫌悪、喜び、興奮、愛すること。法執行機関員は、このインプラントを埋め込まれるのが義務だった。生死を分かつ判断の際に感情のもたらす影響を最小限にする手段だった。偏見と不合理な行動を排除する手段だった。

そして、犯人の犯罪の狙いというのも同様にあるウェラブル端末に関連したものなんですよ。どんなテクノロジーなのか気になる方は本書を読んでみてください。

これは10年以内くらいに使う人も出てきそうな気もします。というか、リアルなスパイなんかの世界ではすでに使われていたりするのかなぁという技術です。

速読データ。

98分 470文字✕67ページ=31490文字 1分間あたり321文字

①ウスリーヒグマ

12分 470文字✕22=10340文字 1分間あたり860文字

めちゃくちゃおもしろい。まさかこんな展開になるとは!熊人。

②草を結びて環を銜えん

30分 470文字✕35ページ=16450文字 1分間あたり548文字

これもすごい。衝撃的といってもいいくらい響いた。17世紀中国、大明帝国満州族が攻める。その激しい侵略の最中の不思議な出来事を描いたファンタジー要素の強いふたりの女性の物語。面白すぎて熟読モードに突入した。面白ければ面白いほどスピードは落ちるようだ。

「宇宙の釣り合いや来世なんてどうだっていい。私は勇ましくもないし、強くもない。慕われようともしていない。

〜中略〜

だけど、生き延びられるように冷たい石の心を私は望んでいるけれど、その心は、正しいと思っていることをあたしに言い続けている。ああ、確かにそのおかげで色々苦労している。だけど、お前を生かし続けているのに、その心がどれほど役に立っているかみてごらん。

死んだ儒者や生きている偽善者の教えを無視できても、あたしは自分が願っているように生きるのを止めたくはないんだ。

あまりにも大勢の人が殺されているんだよ、雀。私は自分にできるどんな方法を使っても、天の不公平な計画の裏をかきたい。たとえほんのわずかでも、運命に逆らうのは私を幸せな気分にさせてくれるのさ」

 ③重荷は常に汝とともに

これは割りと軽い。少し皮肉が混じったコメディっぽい雰囲気がありますね。100万年前に知的生命体がいたとされる惑星にフレディは研究者として行くチャンスを得る。奥さんのジェインはちょうどNYで会計士としての良い仕事のオファーをもらったところだった。フレディは一緒にきて欲しいという。ジェインは渋々ついていくことにする。その星でフレディは滅亡したと思われる異星人の新たなメッセージを発見する。内容はまだ解読できなかったが、ジェインはそのメッセージをみて意外な答えを発見する。しかしそジェインの発見はフレディの上司である教授には受け入れらない。ジェインはわたしだけが異星人の遠いメッセージを知っていると思う・・・という話。

16分 470文字✕21ページ=9870文字 1分間あたり616文字。

これもいつのまにか熟読モードの入っていました。

④母の記憶に

これはすごく短い話ですけど、物語は約70年くらいの経過を描いていますね。内容は言えませんが心に染み渡ります。

4分 470文字✕5ページ=2350文字 1分間あたり414文字。

⑤存在

これも短い。故郷の病院でひとり寝たきりでほぼ意識のない母親を遠隔通信で見舞う息子。彼は故郷から遠く離れたアメリカに住んでいる。通信でつながったマニピュレーターがあり、息子は母親の爪を切ってやる。やましさを少しでも和らげるテクノロジー。救われるのは母親ではなくやましさをかかえる息子のほう。今までのテクノロジーは肉体的な苦痛や苦労を軽減する方向へ発展してきたけど、これからは精神的な苦痛を減らす方向のものが主流になってくるのかも?ということも思えます。

5分 470文字✕7ページ=3290文字 1分間あたり658文字。

⑥シュミクラ

これは怖いし、悲しい。対象人物の画像をもとにデジタルであたかもその人がいるかのように映像を作り上げる装置。父親は激しい浮気性であり過去に浮気した女性たちの分身と家のなかで浮気している場面を娘に目撃されてしまう。それから娘は父親と一切口をきかなくなる。時がたち母親が亡くなる。娘は実家に帰り父親と久しぶりに会話する。自分が昔過ごした部屋へ行ってみる。すると自分の分身がベッドに座っている・・・という話。

8分 470文字✕13ページ=6110文字 1分間あたり763文字。

 

⑧状態変化
文学的な雰囲気が強くてメタファーの意味がよく理解できない。ジミーという登場人物の描写がいい。確かにこういう気のいい人はたまに存在する。
 
「新しく入社した男が初めてオフィスに出てきた日、この人は長く勤めないだろうとリナにはわかった。男のシャツは2,3年時代遅れで、その朝は靴を磨こうとは思わなかったようだ。背はあまり高くなく、顎はさほど尖っていなかった。
~中略~
ところがジミーは、リナがかって見たことがないほど気持ちの良い人間だった。どこにいてもその場に溶け込むことができた。大声を出さず、早口でもないが、どんんな会話にも人の輪にも、すんなりと受け入れられた。ジミーは二言、三事しか口にしないが、周りの人間は笑い声を上げ、そのあとは自分たとも少し賢くなったような気がする。ジミーが笑いかけると、相手はそれまでより幸せで、立派で、美しい人間になったような気がする。午前中ずっと、ジミーは個室から出たり入ったりして、大事な用があるけれど、立ち止まっておしゃべりする余裕はある、という印象を与えていた。彼が立ち去ったあとは、どこの個室のドアもあけっぱなしで、部屋の主は閉めたいと思わなかった。」
15分 470文字✕18ページ=8460文字 1分間あたり564文字。
 
⑨パーフェクトマッチ
昨日エントリーしたデータの見えざる手で感じた恐怖みたいなものが、そのまま小説になっていた。法律事務所につとめるサイという若者が主人公。彼の毎日は人工知能を搭載したデジタルデバイスティリーが選んだ目覚ましのための曲で始まる。
心を昂ぶらせるヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲ハ短調「疑い」の第1楽章で、サイは目を覚ました。そのまま1分ほど起き上がらずに、音楽が優しい太平洋の風のように自分の上を通り過ぎていく・・・
~中略~
「ティリー、目覚ましの曲、見事な選択だったよ」
「もちろんよ」ナイトスタンドに内蔵されたカメラスピーカーから、ティリーが言った。
「あなたの趣味と気分をわたし以上に知っている者がいるかしら?」
その声は電子合成音であるものの、愛情に満ちて茶目っ気があった。p249
そして今日はティリーが相性をもとに選んでくれた女性との初デートだ。
出かけようとすると隣の部屋に住むジェニーという女の子が文句を言ってくる。どうやらサイが最近取り付けたドアの上の常時監視カメラが気に入らないようだ。自分の部屋を訪ねてくる友人までそのカメラに映るのが気に入らないという。ジェニーは変わり者だ。今やだれだって人工知能ティリーから生きるための様々なアドバイスを聞いて生活している。ところがジェニーは端末を持たない。時代に逆行した変わり者だ。
サイはティリーが選んでくれた女性エレンと夕食をともにする。初めてあったのに昔から知っているように話が盛り上がる。好きな食べ物、好きな音楽、きらいなもの、全部一致していて、話していると落ち着く。
しかし、サイはふと、これでは何も刺激がないな?と思い出す。で、ティリーの電源を落とそうとする。するとティリーはログがとれなくなるから、切らないでほしいといってくる。しかしサイはたまには好きにやらせてくれ、といって無理やり人工知能ティリーの電源を落とす。
そしてエレンにここを出て違う場所へ行こうと誘う。
ピィーという音がして、ティリーは切れた。エレンがサイを見つめた。驚きのあまり目と口が大きく開いていた。
「どうしてそんなことをするの?」
「君と水入らずで話をしたかったんだ。ぼくだちふたりだけでさ」
サイはにっこりした。
「ときにはティリー抜きでぼくたちだけになるのもいいものだろう、そうは思わないか?」
エレンはとまどった顔になった。
「でもあなた知ってるでしょ、ティリーはたくさん知っていれば知ってるほど大きな助けになってくれるのよ。はじめてのデートでばかなミスをしちゃってもいいの?わたしたち、どっちも忙しいでしょ、ティリーは・・・」
エレンは自分のヘッドセットに聞き耳をたてて、急に警戒心をつのらせた感じになり、で今日は帰るという。どうやら彼女の人工知能バイスが、サイに対する警戒を彼女に伝えたらしい。
サイはひとりで帰宅する。すると、ジェニーが待っていて自分の部屋へ来て話をしないか?という。サイがティリーの電源を切ったことを知ったからだということだ。
ジェニーは驚くような話を始める。
今じゃプライベートなことなんて何一つ残っちゃいないわよ、あんたのものもあんだだけのものの、何ひとつね。あんたのすべてはセンティリオンが所有しているのよ。センティリオンがあんたに買わせたいものを買って、センティリオンが読むように勧めるものを読んで、センティリオンがデートすべき相手とデートしてる。でもそれで本当に幸せなの?
自分たちはティリーを運営する情報検索会社の悪事を暴き、彼らが収集したデータを破壊する計画を立てている、という。そしてサイに手伝ってほしいとジェニーはいう・・・。
という話。巻末の解説でも書いてありましたが、古典的なSF。情報という権力をにぎる力へのレジスタンス、という話ですね。Googleがモデルになっているわけですが、彼らの検索結果に出ない情報というものは存在しないものと同じ、というあたりは確かにそのとおりですよね。
29分 470文字✕33=15510文字 1分間あたり534文字。

 

 その他の作品についても読んだら感想とデータをアップする予定です。