天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

【書評】点と線☆面白すぎて速読断念して熟読モードになった

推理小説を速読で読むと楽しめるのか?試したいと思いこの本を読んでみました。

点と線 (新潮文庫)

点と線 (新潮文庫)

 

 今、100分で名著で松本清張の作品がとりあげられていますね。

www.nhk.or.jp

点と線は20数年前に一度読んだことがありました。だけど、それほど面白いとは思えませんでした。作品の中心となるトリックがあまりに古臭く感じたからだったと思います。

ところが、今回再読してみて、いかに20数年前の自分が読んでるつもりで読んでいなかったのか?ということを痛感しました。

この点と線、はっきり言って超面白いです。だけど当初の目論見からは大きくずれてしまいました。といいますのは・・・。

 冒頭に書きましたとおり、今回この本を読んでみようと思ったのは、推理小説を速読で読むと楽しめるのか?という実験を行うためでした。そのためまずは試しにストーリーの展開やトリックを知っているこの本を選んだのです。

なのでいつもどおりテンポを120に決めて、一行読みで読み始めました。

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ところが、読んでいるうちに、あれ、これどういうことだろう?というところがどんどん出てきて戻ってばかりです。

これでは、一行読みする意味がありません。

なので少しテンポを遅くしようと思って句読点読みに変更しました。これはテンポに合わせて句読点を区切りに読んでいく方法です。

当然一行読みより、一度に捉える範囲が狭まりますので、理解にかける時間は増しますが、読書スピードは落ちます。

で、そのテンポで読んでいると、書いてあることは理解できるんだけど、これってもしかしてこういう意味かな?前に書いてある、あの部分が伏線になってたのかな?という書かれていない行間が気になって仕方なくなってくる。

そんな読んでは考え、読んでは考えという部分が多くなってきてメトロノームのテンポも邪魔になってきました。なのでメトロノームを止めて熟読モードに入ってしまったのです。

lifeofdij.hatenablog.com

で、その結果、読了するのにかかった時間は2時間5分となりました。この本は縦が40文字横が17行。会話文が多いので文字自体は5割前後。なので1ページあたりの文字数は340文字としました。で、ページ数は約220ページ。ということで総文字数は74800文字。125分(2時間5分)で割ると、1分あたり598文字となりました。

ということで結果的にまったく速読にはなりませんでした。

だけど、これってある意味すごい面白い体験だったんですよ。

というのは、この本は文章自体は平易で、論理展開も明快。すごく読みやすいので、いくらでもスピードを上げて読了できると思うんです。

ところが、この点と線という作品は、そんな駆け足で通り過ぎることを許してくれないほど面白い本であるということだと思うんですね。私は今回そう思いました。

具体的には・・・・以下完全ネタバレです。

この本の面白さは安田という狡猾な男と三原という地道な刑事の知恵比べ。これがなんともスリリングなんです。

安田は点と点という個別の現象を意図的に並べ替えることによって、自らに都合の良い線、つまり犯罪絵図を作り上げた。それがタイトルの点と線ということなのかと思います。

で、対する三原という刑事がその偽りの線を点と点に分解していく過程が面白いんですね。

たまたま昨日読んだこの本にDMN(デフォルトモードネットワーク)中こそ、ひらめきが生まれるということが書いてありました。

lifeofdij.hatenablog.com

で、この小説の中で三原刑事はそのDMNのひらめきを使って事件を解明していくんですよ。足を使って証拠を集め、顕在意識を使って徹底的に考える。だけど答えが見つからない。その後喫茶店に行ってふっと一息ついた時に、それまでは気が付かなかった点と点のつながりに気がつく。その思考プロセスが読んでて面白いし、三原刑事のその考え続けることへの執念を読んでいると、ついつい自分に問いかけられているような気もするんですよね。

今、自分を取り囲んでいる状況って、本当に見えたままなのか?考えるのが面倒くさくなって、適当に線を引いてるだけじゃないのか?それで本当にいいのか?って。

そのようなものの見かたとか、考え方の順番みたいなものが丹念に精密に描かれていてすごく参考になるんですよね。

まぁそれがそのまま松本清張という人の思考パターンを描いたものだと思うんですが。

で、ついでに点と線というと、スティーブ・ジョブズの点と点の話を連想してしまいました。ジョブズの点と点は良い意味でバラバラで無関係な体験と体験をつなげることによって、有意義なものを作り上げるということだったと思いますが、この小説において、安田という男はその仕組を利用して悪い絵を作り上げてしまいます。

結果的に安田は追い詰めらるわけですが、安田の上に位置した石田という官僚はのうのうと生き残ることがラストで明示されています。

つまり安田もある意味ではより大きな線の中のひとつの点でしかなかった、ということになります。

で、松本清張はこの作品において、三原が安田の偽りの線を解明しようとしたと同じように、その時代において、幅をきかせていた大きくて太い偽りの線を解きほぐして世間に伝えたかったのだろうということだと思います。その線は本当に見えているままの姿なのか?と問いかけている。大衆小説という誰もが手に取りやすい形にして。

と考えると、そのような誰かの偽りの線を告発しようとするエンターテイメント作品が今の日本に存在するのか?またはあったとしても受けいれられるのか?どうなんだろう?ということも考えてしまいました。