天然誤読生活

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【書評】さようなら、オレンジ

 

さようなら、オレンジ (ちくま文庫)

さようなら、オレンジ (ちくま文庫)

 

この小説は良いです。 主人公のサリマの生き方が眩しい。といっても、歯の浮くようなセリフも、いかにもという感じの、ドラマティックな展開も少ないんですけどね。実際に世界のどこかで、今、この瞬間にも進行していそうな、リアルで淡々とした話です。だけどうまく練り上げられたエンターテインメント作品よりも、心に響くんです。どんなストーリーかといいますと・・・。

 サリマはアフリカから難民としてオーストラリアにやってきた二児のお母さん。夫が突然出ていったので、彼女は生活のために、スーパーの精肉部門で肉を切る仕事をはじめます。朝の3時に出勤して、牛や豚の肉を切る仕事です。身体に染み付いた血の匂いはシャワーで洗い流しても、なかなか落ちません。

サリマはほとんど英語が話せません。もちろん書けません。だけど職場では、彼女と同じような境遇の難民も少なくないので、それほど困ることもありません。実際に彼女以外の難民たちは、それなりに生きていくことに馴染み始めています。

だけどサリマは、どこかで、このままではいけないという思いがあったようです。だから自費で、外国人対象の英語スクールに通い始めます。そこで若い日本人女性と、年配のイタリア人女性と親しくなります。サリマの英語は、少しずつ上達します。仕事にも慣れて昇進もします。

そんな時、音信不通だった夫から突然連絡がきます。彼は子供をひきとりたいと言います。その結果、こどもたちは都会で暮らす父親の元に行くことが決まります。

サリマはちょうどその頃、次男のクラスの担任に社会勉強のために、アフリカの話をしてほしいと頼まれていたところでした。気が進まない話でした。だけど離れ離れになる息子に、彼の母語である英語でアフリカのことを伝えておきたい、とサリマは思って担任の申し出をうけることにしました。

サリマは英語スクールの先生と、日本人女性の力を借りて、自分が生まれ育ったアフリカのことを英語で書きました。そして息子のクラスに招かねて朗読をはじめます。同級生たちの後ろに隠れて、下を向いている息子に向かって・・・。

 

というような話なんです。冒頭に書いたようにサリマの生き方が眩しいくらいに潔いんですよ。まさに装丁の夕陽のようにきれいな生き方なんですね。 

そしてタイトルの「さようなら、オレンジ」という言葉ですけど、彼女の生まれ育ったアフリカの夕陽に対しての言葉のようです。そして同時に今自分が生きているオーストラリアの夕陽に対しての「さようなら、オレンジ」でもあると思うんですね。

といいますのは、サリマの中では、アフリカのオレンジ色の夕陽が、絶対的に美しいものとして、心のなかにずっとあったと思うんです。だけど、物語のなかで成長したサリマは、今自分が生きているオーストラリアの夕陽も、アフリカの夕陽と同じように美しいと気がついたと思うんですね。

そして「さようなら」って言葉は、たぶんまた会おうねっていう意味ですよね。今日一緒に過ごした友達に、また明日会おう、っていう気持でかける言葉みたいに思えます。そう考えると、たぶん、サリマはこの物語の中で、オーストラリアの夕陽に向かって、友達として恥ずかしくない生き方をしている自分になれたから、正面を向いて「さようなら、オレンジ」と言えたと思うんですね。もしも、友達に対して恥ずかしい生き方をしていたらそんな言葉も言えませんしね。

ということで、このサリマの物語を読んでぼくは「お天道さまに顔向けできるように生きてるか?」な〜んてことを、軽く問いかけられたような気もしました。それは問いかけられてなんか前向きになれそうな問いでした。(反省することが多すぎるのになぜか?)だからぼくはこの小説は良いと感じたのです。