天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

【書評】ひらめきを生み出すカオスの法則

 

ひらめきを生み出すカオスの法則 (T's BUSINESS DESIGN)

ひらめきを生み出すカオスの法則 (T's BUSINESS DESIGN)

  • 作者: Tim Harford,ティム・ハーフォード,児島修
  • 出版社/メーカー: TAC出版
  • 発売日: 2017/12/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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この本は面白いです。昔から整理整頓された空間と、ごちゃごちゃした空間では、どちらがひらめきを生みだせるか?ということは議論になりますよね。例えばアインシュタインの机の上はぐちゃぐちゃだったとか、最近ですと反対に断捨離すれば頭がすっきりして脳の回転がよくなる→ひらめくとか・・・。で、この本は帯に「なぜ、できる人の机は汚いのか?」と書いてあるとおり、カオスでごちゃごちゃ推進派の一冊です。だからカオスやアドリブが生んだミュージシャンや有名人たちのひらめきの事例をこれでもか、これでもか!と紹介してくれます。(この事例が面白いんです)ただ・・・

 著者も整理整頓の大事さは認めています。ごちゃごちゃしていればひらめきが自然に湧いてくるとは書いてません。理想としては、以下のような感じですと、書いてます。

統率のとれた整然としたチームに、ある程度の乱雑さを加えることが望ましい。

これはスポーツや会社などでのチームとして、いかにクリエイティブなひらめきを得られるか?ということに関しての話を書いた部分からですが、個人の部屋なんかにあてはめて考えてみると、部屋全体はすっきりとしているのに、机の上はある程度、適度に、ゴチャゴチャしているくらいが、ひらめきを得るにはちょうど良い、という感じでしょうか。以前読んだ、この本の提案ともかなり共通項が多い。

lifeofdij.hatenablog.com

この本のテーマであるひらめきを生む環境とは?という疑問に対しての結論としては、上記のような感じです。しかし著者はそのひらめきを得る方法を語るだけにかぎらず、カオス派として独自の主張を展開していきます。それはシンプルや整理整頓を合言葉に短期的な合理性、効率性ばかりが、最近、求められすぎていないか?という主張です。具体的には、整理整頓しすぎちゃって、その結果、カオスが生み出すクリエティブパワーを逃しちゃうのは、もったいないんじゃないの?さらには整理整頓管理徹底されすぎた社会は危険なんじゃないの?わかりやすいシンプルさばかり目指して多様性を犠牲にしていませんか?そしてコンピュータのアルゴリズムに頼りすぎて、大事な何かを失い始めていませんか?という主張のようです。合理的すぎる管理社会というとこの本を思い出しますね。

lifeofdij.hatenablog.com

で、その件に関して事例としてあげられていたのは(古いんですけど)1943年のデンマークの児童公園を作ったときの話。造園家のカールさんは、立派なブランコや滑り台を設置して、うまく出来た、これなら子どもたちも喜んでくれるだろうと思っていました。だけど残念ながら、子どもたちは立派なブランコや滑り台には、すぐに飽きて、隣の建築現場に勝手に忍び込んでキャッキャキャッキャと遊び始めたそう。これは負けたと思ってカールさんは今度は公園内に建築廃材やハンマーや釘なんかを置いて自由に遊んでいいということにした。するとこれが子供たちに大ウケ。隠れ家を作ったり壊したりしてメチャクチャ楽しんでいた。これは後に「エンドラップ廃材遊び場」と呼ばれて、同じような遊び場がヨーロッパ中に1000箇所ほど出来たという話。ピチッとキレイに、おもちゃや遊具が並んでいるよりも、ゴチャゴチャと怪しげな物体が転がっているほうが、こどもの想像力を刺激する、つまりひらめいて面白いんでしょうね。

でも、これって、子供の遊びの話だけではないですよね。大人もたぶん押し付けられた環境で仕事するよりも、本当は自分で自分のやりすいような環境を作って、そこで働ければいいなぁとは思うでしょうね。それがいちばん生産性をあげることにつながるし、そしてひらめくということも本当は気がついている。遊びにしろ、仕事にしろ。このあたり不便益バリアアリーという言葉とも通じるところがありそう。

lifeofdij.hatenablog.com

 

働く場所の環境に関して、この本で紹介されている、2010年のエセクター大学の心理学者アレックス・ハスラムとクレイブ・ナイトの実験も興味深い。

簡易オフィスを設置し、被験者に約1時間、文章チェックなどの事務的な作業を行わせた。目的は、オフィス環境が人間の作業や感覚に及ぼす影響を調べること。

実験では4タイプのレイアウトを設定。

①リーン型

清潔でものが少ない(机、椅子、鉛筆、紙のみ)空間。

②装飾型

壁に大判の植物のクルーズアップ写真を掛け観葉植物などを設置

③自由設計型

構成は②の装飾型と同じだが、被験者は作業開始前に備品の配置を好きに変えて良いと支持される。

④自由剥奪型

まず、被験者に好きにレイアウトさせ、次にいったんオフィスを退出してもらい、そのあいだに備品をレイアウト前の状態に戻す。

実験結果

もっとも被験者の生産性が高まったのは③の自由設計型。被験者の生産性は①リーン型よりも約30%、②装飾型よりも約15%高かった。自由剥奪型では、オフィスに置かれている備品は装飾型や自由設計と同じであるにもかかわらず、生産性と士気は大きく低下した。

リーン型と装飾型では装飾型のほうが高いのか、という以外は、予想通りの結果。でもそれがわかっていたとしても④の自由剥奪型って、実際に結構ありますよね。仕事場でも家庭でも。誰かがよかれと思って、レイアウト変更なり、ちょっとした工夫をするんだけど、その人がちょっと出かけているあいだに、誰かがササッと元の状態に戻すみたいな(笑)

で、著者は結論としてこんな感じでまとめています。

人はスペースを自分の好きなように使えるときに、最高のパフォーマンスを発揮する。

確かにそうですよね。逆にいうと、生産性が上がらない、ひらめかないとしたら、整理整頓が足りないのか?それともカオスが足りないのか?という問題よりも、そのスペース(作業空間)をその人が好きに使えているかどうか?それがこの本のテーマであるひらめきを生む空間とは?の答えになってきそうです。つまりひらめきをバシバシと得たかったら、まずは、自分の好きなように場所を変えられる立場に立つのが、まず肝心ということでしょうか?ということで、まずは、その方法をひらめかないとですね(笑)

ここからおまけ

この本にはカオスが生み出した事例として何人かのミュージシャンのエピソードが書いてあるんですが、どれも私が大好きな作品ばかりですごく嬉しかったです。で、その好きな作品にこんな裏エピソードがあったとは!という驚きもたくさんありました。

ケルン・コンサート

ケルン・コンサート

 

 なんと、このコンサートでキース・ジャレットが弾いてるピアノは、黒鍵の一部の音が鳴らず、ペダルも使い物にならなかったらしい。その困難な無秩序(カオス)な状況を吹き飛ばして、この演奏はキース・ジャレットにとっても生涯屈指のパフォーマンス。

ロウ

ロウ

 

 この作品を含むベルリン三部作をデビッド・ボウイと一緒に作っていたブライアン・イーノは、「オブリーク・ストラテジーズ」という115枚のカードの中から一枚を適当にひいて、そこに書かれた指示をもとにミュージシャン達に指示を出してアルバムを制作したらしい。

gigazine.net

例えば世界屈指のギタリストのカルロス・アロマーにドラムを叩かせたり、黒板に書いた和音をランダムに指し示し、演奏させたり・・・みたいな。要はとにかくカオスな状況をわざと作って、偶然がつくるひらめきを結果的に手に入れたという。ブライアン・イーノって今でいうライフハッカー的アーティストの元祖だったんですねぇ。

ついでにおまけでベルリン三部作の中からの名曲の【Heroes】93年の演奏。これは最高。

www.youtube.com