天然誤読生活

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【書評】欲望する「ことば」☆欲望ハンターという概念が面白い

 

欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング (集英社新書)

欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング (集英社新書)

 

 欲望ハンターという言葉が書いてあって面白いと思いました。トランプ大統領なんかが例としてあがっていました。トランプさんの場合、アメリカのある社会層のイマイチ言語化されていなかった欲望をハンティングして、激しい政治的メッセージというカタチに変えて、結果支持を集めて大統領になったということです。

言語化されていない欲望とは「したい、そうなりたい」というプラス方面の欲望と「したくない、そうはなりたくない」というマイナス方面のふたつに分けられます、またはそのふたつが組み合わさって欲望は人の心の内にドロドロとしたマグマにように存在しています。

その言語化されていない欲望を理解しやすいカタチで言語化したものが本書で研究されている「社会記号」です。具体的には・・・

 加齢臭、女子力、イクメン、草食男子、ロハス、おひとりさま、コギャル、シロガネーゼなどなど・・・。

実際に社会記号化された欲望は社会に影響を与えるほどの力を持ちます。人の判断に影響を与えますし、お金を生み出す経済効果も生み出します。

例えば、今では当たり前の概念のように思える「口臭」というものがあります。そして口臭は予防しなければならないものであり、それを怠れば、世間からマイナスイメージで捉えられ、いろんな意味で個人が社会的損失を受けるということは当たり前になっています。

ところが、この本によれば、口臭というものは1920年代のアメリカにおいて展開されたリステリンの広告がきっかけだったそうです。ランバード薬品という会社がリステリンを売るための広告としてハリトシスという口臭を意味する医学用語を引っ張り出してきて広告に利用したことから一般化し、上記したように防がなくてなならないもの、そしてそのためにはあるモノを買わなくてはいけない、となったそうです。この本にはその時の広告文が引用されています。

広告を読む人に対して、あなたの人生が望みどおりにならないのは、ハトリシスという口臭が原因であり、それはリステリンを使うことによって解消できますよ、という内容です。(固有名詞を変えると今ネット上で見かけるたくさんのセールスライティングとほぼ同じなのが興味深い)

この広告以前に、口臭が原因で人生がままならなくなった人がどれほどいるのかはわかりませんが、実際にうまくいかなくなるのではないか?と思う人が爆発的に増加したのは間違いなさそうです。この広告は大成功して、ランバード薬品は1920年代に10万ドル程度だった利益を1927年には400万ドル程度まで上げたそうです。

現代において同じような社会記号としては「加齢臭」というものがあります。この言葉が一般化する前と後では、中年以降の男性が発する匂いを気にする人が突然増えたのは間違いないでしょうね。昔は「おじいちゃんの匂い」という感じだったものに「加齢臭」という社会記号をつけたことによっていろんな新しい商品が生まれて、経済効果が生まれた。そして以前はなかった気づかい、そして気苦労も生まれた。ちなみに加齢臭という言葉をつくったのは資生堂だそうです。

もうひとつの例として本屋大賞の例があげられていました。この本の著者である嶋浩一郎さんは本屋大賞をつくった人なんですね。これが作られたきっかけは、書店員と嶋さんが会話していたときに、その年の直木賞が納得行かないという書店員の不満から生まれたそうです。あんなのよりももっと面白い本がある、という本を売る側の不満。で、嶋さんはそれじゃ、本屋さんが選ぶ本を選んでみようか?ということで本屋大賞が生まれたそうです。このことを例に嶋さんによれば10人が同じ不満を持っていたらビジネスチャンスである、ということです。

冒頭で社会記号とは言語化された欲望であると書きました。「したい、そうなりたい」とうプラス方面の欲望と「したくない、そうはなりたくない」というマイナス方面のふたつ。それを社会記号化することにより、人の価値観が変わるし、経済効果も生む。しかし、思ったのは、その社会記号は誰の欲望から生まれたものなのか?ということです。自分の欲望なのか?それとも誰かの欲望なのか?この本を読んでそのあたりの視点を意識しなくていけないよな、と思いました。