天然誤読生活

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史上最も不思議な大ヒット曲「ビートに抱かれて」の秘密を推理する

 

When Doves Cry

When Doves Cry

 

プライムミュージックで聴ける名曲 ②

モーツァルトは天上の神々にのみ聴くことを許された音楽を人間界に持ち込んだ、つまり天界の音楽を盗んだ作曲家、と言われたりします。確かにあの軽やかで美しい音楽はとても人間業とは思えない。
一方、今回ご紹介するプリンスの「ビートに抱かれて/When Doves Cry」という曲もある意味、人間業ではない音楽のような気がするんですよ、どういうことかといいますと・・・。

「ビートに抱かれて」という邦題がぴったりくるこのヒット曲はとにかく不思議です。オリジナリティがありすぎる。プリンス自身のその他の曲の中にも、その他のアーティストのあらゆる曲と比べてみても「似ている曲」が存在しないんですね。これは、相当すごいことです。

だけど、もっと恐ろしいと思えるのは、今までそんな曲を聴いたことがないはずなのに、なぜか、どこかで聴いたことがあるようにも思える曲なんですね。その相反する感じがどうみても人間業ではない一曲と思える理由です。

イントロの激しい咽び泣くようなノイジーなギター。不思議な動物の鳴き声のようにも、呪文のようにも聞こえる不思議なメロディ。ベースギターを抜いたことによって逆説的に際立って聞こえる、追い込まれた人間の心臓の鼓動のようなシンセドラムのビート。

話は飛躍しますが、村上春樹は小説を書く時にこころの中の地下室に入り込んで言葉と物語を見つけてくる、ということを語っています。その地下室というのは、個人的な秘密が隠されていると同時に、自分以外のすべての人間の秘密が隠されている集合無意識の世界に通じている、というんですね。

だから、そこで見つけた言葉というのは一般的には意味不明な言葉であり、支離滅裂な物語ではあるのだけれど、なぜか、世界中の多くの人達に、これは自分の物語である、と感じさせる力をもつ、という話。

この村上春樹の話とプリンスの「ビートに抱かれて」という曲の不思議さというのはどこかで通じる部分があると思うんですよ。つまり、プリンスも集合無意識へつながる地下室で聴こえた音を拾ってきて、ポップ・ロックの形にある程度整えたものが、この「ビートに抱かれて/When Doves Cry」という曲なのではないのか?

だから、聴いていて、元気が出るとか、慰められるとか、楽しくなるとか、泣けるとか、そういった普通のポップ・ロックに求められている要素が一切ない、不思議なこの曲が、1984年7月7日~8月4日付(5週連続)の全米ビルボード(Billboard)Hot100で1位になったことの秘密のような気がするのです。つまり、プリンスは我々すべての秘密と記憶が隠されている地下室から、誰しもの遺伝子の記憶の中に刻み込まれている悲しみや喜びの本当の叫び声を盗んできたのではないのかと推理するのです。When Doves Cryの不思議なメロディはそんな音に聴こえてきて仕方ありません。