天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

ゴーストボーイを退治した青年の闘病記

 【ゴースト・ボーイ 単行本 – 2015/11/1マーティン・ピストリウス (著)】

ノンフィクションの闘病記です。「脳が壊れた」という本も良かったけど、この本も相当凄いです。12歳で原因不明の病気で、植物状態になった筆者の自叙伝です。

 彼の体験の中で一番すごいのは、16歳で意識を取り戻しはじめ、22歳まで、周囲の人間は彼が意識を持っているということに、気が付かなかった、というところです。意識があるから、自分の体の痛みを感知できるし、周りの人間が何をしているのかを見ることができるし、何を話しているのかもわかる。さらに何もできずに観察することしかやることがないので、仕草とか人の話す声のトーンだけで、人の心を読むことにも長けるようになる。

普通の状態で、誰かの心のなかをより深く理解できるようになれば、その気持にそって適切な言葉をかけたり、行動を起こしたりもできます。しかし、彼の場合、意識はあるし、考える力もあるんですが、全くリアクションを起こすことができない。話すどころか、指を動かすことさえ叶わないんですね。この無力感というのは、本の中でも何度も繰り返し書かれていますが、想像を絶する地獄状態だと思われます。

筆者はその状態を「牢獄に閉じ込められた状態」と表現しています。そして周囲の人間にとって、彼は一人の生命として確かに存在しているというのに、いるのに、いない、つまり幽霊、ゴーストボーイのようにとらえられている。だから、この本のタイトルはゴーストボーイなんですね。

しかし、ある人との出会いが彼の運命を劇的に変えていきます。介護士の女性、ヴァーナが彼が意識を持っていることに気がつくんですね。それがきっかけで、彼はパソコンを使った意思疎通を少しずつ覚えていく。で、彼自身も幸運であったっと書いているんですが、なぜか、彼はコンピュータに関して、鋭い直感を持った才能を有していたんですね。彼自身の意思疎通のために日々コンピュータに関しての学習を繰り返していくうちに、普通の人ではメンテナンスできないトラブルも直せるようになっていく。そしてそれは彼の仕事となり、病気になって以来、初めて自分を誇らしいと思えるようになる。こんなふうに書いています。

「そのとき、ある感情がわいた。それは先週始めてパソコンを修理するまで、抱いたことのない感情だった。その気持がまた、甦ってきた。それはクジャクが色とりどりのおばねを広げるような、不思議な気分だ。胸を張りたいような、イキイキとした気分。やがてそれがなんであるかに気がついた。そう、プライドだ。」p113


で、つらくて切ない前半の苦悩を一気に振り払うように彼のストーリーはハッピーエンドに向かっていきます。(といっても彼はもちろん存命していますのでエンドではないのですが、この本の中でのハッピー、エンド)どんな幸せな結末が待っているのかを具体的には書きませんが、読んでて、これほど、嬉しくて、泣けるラストを迎える本はあまりないのではないでしょうか。
加えて前半の壮絶な部分にも注目です。誰もが諦めた筆者を全身全霊で介護し続けた父親が、夜中に、筆者には伝わらないだろうと思って、本音を語りかける部分があるのですが、これも忘れられません。
皆様に熱烈おすすめいたします。
2017/11/11