天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

未来は常に過去を変えている、という話も嘘じゃないよなと思わせる小説

 

マチネの終わりに

マチネの終わりに

 

『未来は常に過去を変えている。』

いまやっていること、そしてこれからやる事によって過去の出来事の意味は変わる、
ということはアドラー心理学でも言われていますがこの小説も「恋愛」をモチーフに
『未来は常に過去を変えている』この点を考察している作品です。

 

『人は、変えられるのは未来だけだと思いこんでいる。
だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。
変えられるともいえるし、変わってしますとも言える。
過去はそれくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?』

 

大枠は古典的な悲恋物です。ようやくお互いのソウルメイトを見つけたふたり。

彼は、洋子が真剣に考えている時の表情が好きだった。彼女の人生に対する真面目さを愛していた。相手に対する答えは、常に同時に自分自身に対する答えであらねばならない。そう信じている風の彼女の誠実さに、強く心惹かれていた。

ところが運命のいたずらによって、ふたりは引き裂かれることになる。しかし、その運命というものがもしも誰かの作為的な意思によるものだとしたら、あなたならどうしますか?

その誰かが今の自分にとってとても大切な人だとしたらどうしますか?その誰かが大切な人の事を幸せにしてくれているとしたら赦せますか?

洋子は、自分がかって彼を愛し、彼に愛されたという事実さえも半ば忘れて、音楽家として彼に魅了され、同世代人として彼を尊敬した。うまく言葉にならないような強い、深い感動があり、それが何なのかを考えた。
とにかくただ、「いい音楽」というより他はなく、彼に一言、「おめでとう。」と言いたかった。そしてこの作品のために、早苗の存在が不可欠であったとするならば、彼女にもやはり「おめでとう。」と言うべきだった。

 マチネって何なんだろうなあ?って調べてみたら舞台興行なんかで夕方、陽が暮れた後の講演を「ソワレ」昼の講演のことを「マチネ」というんですね。

ちなみに登場人物達の年代は40歳前後です。ちょうど人生の午後を迎える頃、例えるならばマチネが終わった頃という事になるのでしょうね。

そしてラストシーンの舞台はNYのセントラルパーク。午後の光がやさしくふたりをつつみます。久々に小説の癒しのチカラを肌で感じた良作でした。自信をもっておススメいたします。


2016/08/13