天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

片付けをモチーフにした小説

 

あなたの人生、片づけます (双葉文庫)

あなたの人生、片づけます (双葉文庫)

 

 片づけをテーマにした小説です。片づけに関するノウハウ本は世の中にたくさんあります。しかし、片づけをテーマに、それなりに実績のある小説家が書いた、本格的な「小説」という例は、少ないのではないでしょうか。劇的に面白いとか、泣けるとか、そういった大袈裟なところはありません。だけど、しっかりと地に足のついた人間、またはそのように生きたいという願いをもつ普通の人間をしっかり描いている良作でした。

 主人公は50代の女性片づけコンサルタントの十満里さん。彼女が片づけに関して問題を抱えた家を訪問して、物の片付けと同時に心の片づけに関してアドバイスする、という内容。雰囲気的には、以前、こんまりさんをモデルにしたテレビドラマがありましたが、形としては近いですね。

面白いと思ったのは、4つの短編のうちの最初の3編が、十満里さんの訪問を受けるお客さん側から描かれているところですね。そして3人が3人とも、自分が望んで、片づけコンサルタントを呼んだわけではなく、離れて暮らす家族(息子や娘または親)が勝手に依頼したというパターンです。お客さん本人は片づけコンサルタントの必要性なんてないと思っている。そこに片づけコンサルタントがやってくる。「なんか、愛想のない、うるさそうな、オバさんがやってきた」みたいな雰囲気で物語は始まる。十満里さんは常に「招かれざる客」からのスタートなんですね。

で、そうなると当然、摩擦が起こるわけで、その摩擦、つまり葛藤がドラマの元になるわけです。そのあたりが小説的にも面白い。なぜなら小説の面白みというのは、人と人との葛藤ですからね。これがもし「十満里先生!お待ちしておりました!!」という雰囲気では、実地のノウハウ集にはなるかもしれないけど、面白いドラマはたぶん生まれない。

そして、よく言われることですが、片づけというのは、やはり心の問題なんだろうな、ということです。片づけという当たり前であるべき行動の流れが、どこかで滞っているということは、なにか問題がある。大抵は心の問題ということが多い。で、十満里さんという存在は、この小説の中では、その心の問題のありかを解き明かす探偵的な存在でもあるわけですね。

で、小説というのは、心を細やかに描くことこそが、他の表現に比べての優位点です。なのでこの片づけを小説で描くというのはすごくいいと思いました。なぜなら先ほど書いたように問題を抱えている人の視点と心情から描かれていますので、その問題の発見と解決が心理的にとても詳しく描かれているんですね。その意味で片づけを小説のモチーフにしたというのは大正解だったのではないかと思います。

印象に残った場面は、田舎の豪商の家に一人で住む、なんでもかんでも取っておく、おばあさんが、老人ホームに入ったお友達を訪ねた際に、そのお友達が言った言葉。


「捨てがたいと思ったもんは写真に撮っておいた。ときどき見るけん寂しいことなか。人間はみんな裸で生まれて裸で死んでいく。そいを実感するようになったばい」


この部分を文字だけで読んでみてもよく使われる言い回しですが、これ、実際この言葉を自然に言えるようになるって、多分かんたんではないですよね。そう考えると、片付けというか、ものとの、付き合い方、そして、別れ方、っていうのは、人生にとって本当に重要なことだよな、とこの本を読んで感じました。

2017/10/18