天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

苦味と甘味のブレンドが絶妙すぎる大人のためのメルヘンな短編集

 

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

 

 日本のハードボイルドの中では伝説的な作品と言われているこの小説。実はハードボイルドというよりも大人のメルヘンという感じの優しくてhappyな気分にさせてくれる短編集です。

 

さて今回この作品を久々に読み直してみた理由は北野武監督の古い映画【HANABI】を観たからです。私事ですが、どうにも最近今ひとつ調子が良くなくてなんかスカッとする気分にしてくれないかな?と思って、昔観て面白かった【HANABI】のDVDを借りてきて観始めたわけです。

 

HANA-BI [DVD]

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 ところが残念ながらあまりスカッとしないんですね。反対になんか物悲しくて、だけど優しくてキレイな話だなぁと少々おセンチな気分になってしまったわけです。困ったなぁと。まぁ暴力的なアクションシーンはかなり多いのですが今、この映画を観ると、昔観て感じた印象とは全く違ったんですよね。

といいますのは、ビートたけし演じる退職刑事の西という男の強さとか非常さ、そして優しさみたいなものってありえないな、こんな人いない、これってファンタジーだよな、と。

しらけたという事ではないのですが、そんな無敵な男になれるという妄想を必要とする観客がいて、そんな物語を作らずにいられなかった北野武監督という人間がいて・・・・ということなんだな、と。つまりこの映画は「大人のメルヘン」だったんだな、と。

仕事で大きな失敗をした男が精神的にも経済的に苦境に立たされる。男には守らなくてはならない病苦に苦しむ家族がいるとする。進退窮まる男が自らの無力さに打ちのめされ一時だけでも逃げ込む妄想世界。それを描いたのがこの【HANABI】という映画なのかなと。で、その妄想世界を描いたと思えるこの【HANABI】すごく美しい映画なんですね。ラスト近くで岸本加世子さん演じる奥さんが初めて言葉を話す場面とか・・・。
だけどキレイな場面なんだけど悲しすぎる・・・。

で、メルヘン、ファンタジーなのに、元気になれないなぁと思っていたところで思い出したのが【ダックコール】です。というところでやっと映画ではなくて小説の話(笑)

この小説は文体的にはハードボイルドだし狩猟とかマンハントなんかがテーマになってるんですが実は思い切りメロウな大人のメルヘンなんですね。そしてファンタジー。魔法使いとかが出て来るわけではないんですが、苦境に立たされる主人公を救うことになるアイデアつまり筆者である、稲見一良さんの描く奇跡がなんとも良いんですよ。暖かくて優しい奇跡を物語の中で描いてくれるんですね。

どんな奇跡なのか?という事を書いてしまうともしもこれから読む方がいらっしゃるとしたらマズイのでもちろん書きませんが(笑)ネタバラシしたいなぁと思わずにはいられないので奇跡を必要とする登場人物たちの苦境だけ少し書きましょうか(笑)

6篇の短編が収録されていますが、ラストの2篇は最高ですね。

【波の枕】では東南アジア沖で乗船が火事になりただ一人で海に漂うという男の話。この男いかつい顔の無愛想な朴念仁ではあるんですが、陸に帰れば怪我をした鳥や小動物なんかを元気になるまで介抱してやるような優しい男でもあるんですね。で、だだっ広い海で一人ぷらぷらもうどうなってもいいか、なんて諦めはじめているところでちょっとした奇跡が起きるんですね。その奇跡というのが良いんだな、まさかそんな展開とは!!と私は思いました。

それから【デコイとブンタ】これは結構変わった設定でデコイつまり鴨狩りなんかで使う木製の囮の模型ですね、これが語り手の話なんですよ。そのデコイがブンタという少年に拾われて大事に扱ってもらう。その少年は一人で遊園地へ行くのですが観覧車のてっぺんで置き去りになってしまうんですね、もちろんデコイも一緒に。そして間の悪いことにその日からしばらく遊園地は休園の予定でこのままではずっと観覧車に閉じ込められたままになる。もちろん、食料もないし、昔の話ですから携帯もあるわけなく
助けを呼ぶことも出来ない。だけど、この少年あきらめないんですね、そこで奇跡が起きる、そして少年に奇跡が起きるように、デコイにも何かが起きるんですね。
はい、どんなことが起きるのでしょうか??

どちらも見事なメルヘンですし、happyな気分にさせてくれます。この本、久々に読んでおセンチになっていた私も元気になりました(笑)ということでオススメですよ。

2017/08/20