天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

良い大衆小説を読むと毎日の楽しさを受信する感度が高くなるという話

 

月の満ち欠け 第157回直木賞受賞

月の満ち欠け 第157回直木賞受賞

 

生まれ変わり。輪廻転生ともいいますが、どうでしょう?もしもあなたのところに知らない誰かが訪ねてきて、過去に別れたきりの人、それもすでに亡くなっている人の生まれ変わりだと告げられたら。姿形も年齢もまったく違う。だけどその人は別れたきりのあの人と同じような口調であなたとわたししか知らない出来事を話しだす・・・。おかしい人が来たと追い払えばいいかもしれない。だけど困ったことにその別れた人とはあなたにとって今もって一番大切な人だった。あなたならどうしますか・・・。

 

なーんて、なんかホラーみたいですね(笑)生まれ変わりというスーパーナチュラルをモチーフとした小説ですが全く怖くはないです。泣かせてくれます。第157回直木賞受賞作です。

 

直木賞ってのは大衆小説に与えられる賞ですよね。その大衆小説の使命ってのは、普通に生きてる一般人を、泣かせたり、笑わせることであって、直木賞というのは、その期間内でいちばん読者のこころのひだをくすぐって、笑わせる事が出来たか?または、泣かせる事が出来たか?を競うものだというのが僕の直木賞感です。

 

で、この【月の満ち欠け】。前述したとおり、泣かせてくれますね〜。そしてね、読み終わったあとに目の前の日常が少しだけですが、読む前よりも「愛おしく」感じられちゃったりしたんですよ。あれ、おれの住んでる「今」ってこんなに、良いものだったのか?なんて。まぁ妄想だとは思いますがね(笑)
ただそんな幸福な妄想を与えてくれるってのが、良い大衆小説というものでありまして、この作品は直木賞を受賞するに値する泣かせてくれる小説でした。で、どんな話かというと・・・

 

(注)以下、若干のネタバレ含みます


モチーフは生まれ変わりです。目的のはっきりした意識的な生まれ変わりです。ひとりの女が死にます。でも惚れた男に死んだ後も会いたくて、
生まれてくる別の生命に、その男との記憶を宿したまま生まれ変わります。そして惚れていた男に会いに行こうとするんだけど叶わない、というループをなんどか繰り返す、で、最終的には??というのが時系列で表したこの小説のストーリーです。

 

で、読む方は最初何が起こっているのかわかりません。それは視点が生まれ変わるほうではなくて周囲の人の側からのものだからです。だから読む方としては当初謎解き気分で読む事になります。だけど、その謎自体でひっぱるという作品ではないですね。だいたい50ページも読み進めれば、あぁこういう事かな?と予想はつく。そしてその期待を裏切らず、なおかつ微妙なところで少しズラす。その期待通りの部分と控えめなズラしのバランスが程良い。ラスト近くに大きめの仕掛けもあるんですがそれも予想の範囲を超えるものではないですね。物足りないという人もいるだろうけど、僕は読んでいて心地よく感じました。で、前述したとおり、僕は読み終わって、目の前の世界が読む前よりも少しだけ「愛おしく」感じる、という妄想にとらわれたわけです。どんな妄想かといいますと・・・。

 

それはこういうことです。さすがに生まれ変わりとまではいいませんがもしかしたら今現在、自分の周囲にいる人との出会いってなんらかの理由があって出会っていたりして・・・という感覚になったのです。まぁほんの一瞬の妄想ですが(笑)でも、それは悪くない、なんか愛おしい感覚を伴った妄想だった。

 

その妄想の道徳的な是非とか内容の真贋はあまり問題ではないんですね。僕が大衆小説にとって大切だと考えるのは、読み終わって現実に戻ったときに、読む前よりも自分の受信機みたいなもの、つまり世界を感じ取る感度をあげてくれたかどうか。できれば近くにありすぎて気付かなかった「善きもの」を感じさせてくれたり、距離的や時間的に遠くにあって見えないし、触れられない「大切なもの」を感じさせてくれる感度。それは瞬間的であろうともかまわない妄想であってもいい。【月の満ち欠け】はそのような感覚を読んだ僕に与えてくれた。だからとても良い大衆小説だなぁと、僕は思いました。


2017/09/14