天然誤読生活

誤読とそら耳を恐れない書評と音楽レビューとトンデモ理論を書き散らすハートに火をつけて(くれるかもしれない)ブログです。

愛されることと理解されることの二者択一だったらどっちを選ぶか?を考えさせられる1984という小説

 

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 

 

昨年にトランプが大統領に就任した直後から、バカ売れし始めたという1949年に描かれたディストピア小説。僕の本棚の中に旧訳版が長らく鎮座しておりましたが、ついに先ほど読了しました。感想を一言で表すとすると「すげぇもの読んじまった!」というところ。

 

この小説大まかに三つのパートに分かれているんですが、出だしといいますか、最初の不部分がとてつもなく陰鬱なんですね。オセアニアというある独裁的な国家の一公務員であるウインストンという男の口に出せない不平不満と鬱屈が延々と続くんですね。何で口に出せないかというと、その国家を支配している党とその党の指導者ビッグブラザーの悪口を言おうとしたものなら、自分の身に危険が即迫ってくるからです。実際彼の周りでも些細な失言や行動の結果、いきなり姿を消されてしまったという人間は大勢いる。そしてその消えた人間は最初から存在しなかったというように記録の改ざんも行われる。

 

ちなみにこのウインストンという男の仕事は、そのような記録の改ざんを行うこと。だからよけいに彼の鬱屈は増して行く。党やビッグブラザーにうんざりしきっているのに、彼らの権力を盤石にするために身を粉にして働いているという彼自身の矛盾。そんな彼の愚痴がずっと書かれているものだから、なかなかサクサク読みすすめられない。ちなみ英国において「読んだふりされている小説ランキングNo1」がこの一九八四年という噂。まぁ愚痴であってもそこに皮肉なユーモアみたいなものがあれば多少面白いんですが、どうやらウインストンさんにギャグセンスゼロ。でもがんばって読み進めて行くととひきつけられる箇所もあるんですね。

 

それはこの小説の道具立てとして描かれているテレスクリーンという道具が興味深いから。このテレスクリーンというものの形状はテレビのようなものでしょうかね。実際にスクリーンから、いろんなニュース映像なんかも放送される。ところがテレビと違うのは双方向というか、視聴している国民を監視するカメラでもあるんですね。

 

例えば朝の一定の時間にオセアニア国民はテレスクリーンに写される体操の映像とともに運動しなければなりません。これは強制です。ラジオ体操を強要されるみたいな感じですね。で、たらたらと体操をしていると怒られるんですよ。誰にって?テレスクリーンの中の人に!見られているんですよ。監視カメラだから、「ウインストンさん、だらだらしないでちゃんと体操してくださいね!」なんてテレビの中から注意される。ついでに画面に何も映ってなくとも周囲の音を拾うこともしている。だからうっかり、反体制な発言をすると・・・。
これ、怖くないですか(笑)

で、我々が見ている現実のテレビではそんなことはないですが、今画面をみているPCにはカメラがついているし、スマホにも当然カメラがついている。これってもしや!みたいな。そんな感じでこの物語世界が何かリアリティを感じ始めて惹き込まれていくんですね。

 

で、そのうち中盤に入り始めるといきないラブストーリーが始まる、さえない中年男のウインストンに唐突に若い女が近付いてきてロマンスが始まる。これが結構面白い。なんでかっていいますとこの世界では自由に恋愛するなんてことは御法度なんですね。そういう事は退廃的だとされている。そのうえウインストンには離婚したくてもさせてもらえない別居中の妻もいる。で、ふたりはこっそりと会って情事にふけり、さらには党やビッグブラザーに対する不満をぶつけあう。ある意味普通の恋愛物語にはない快楽性がこのふたりの姿を通して感じられる。 
ところが・・・・・この作者のオーゥエル相当性格が悪いのかリアリストなのか、そのままでは終わらせないんですね。この後に続く彼ら二人に襲いかかる出来事、直接描かれるのはウインストンに対する体制側の仕打ちですが、これがなんともひどい・・・。

 

まぁ共感性の強い方は読まないほうが良いかも、という展開。ただ、その場面で悪役として登場する男とウインストンの「事実とは何か?」といったあたりの議論がとても興味深いんですよ。ウインストン自体かなりの理論家ではあるのですが、悪役の男はウインストンが全く歯が立たないほど論理がキレッキレなんですね。悪魔みたいに頭が良い。

 

その議論自体は「カラマーゾフの兄弟」の中の大審問官を彷彿とさせる。「自由と幸福は共存することはなくどちらかを選ぶものだ」みたいな論議ですね。で、面白いことにウインストンは彼と話し合ううちに「人は愛されるよりも理解されることを望むのかもしれない」なんて事も思い始めるんですね、悪魔のような男は頭が良いからウインストンの事を理解してくれるわけですね、それに同調するということやウインストンを愛するということではないけれど理解はしてくれる、そのあたりの心理も読んでて興味深いですね。

 

カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)

カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)

 

 

そのあたりも含めてこの本、正直読了するのは結構大変かもしれませんが、「すげぇ本」に出会いたいと思っている方は手に取ってみてもよいかもです。で、読んでると、今の時代のビッグブラザーって誰?ってついつい考えてしまうかもです。それで遠くない未来に人工知能ビッグブラザーになる、なんてことを妄想してしまうのはSF小説の読み過ぎですかね(笑)
2017/09/21