酒の肴がビジネス書!(と小説と音楽と映画と経済ネタとたまにグチ)

晩酌をしながら読んだ本の中から、飲み屋でネタになりそうな話を紹介します。

面白い記事を読んだ。
マーティ・フリードマンがBABYMETALの事を語ってる記事。
 
【BABYMETAL世界を席巻—マーティ・フリードマンが語るその魅力】
 
 
僕が面白いと思ったのは
日本人独特の『合いの手』について語っていた部分。
 
BABYMETAL の音楽は日本独自の“合いの手”を取り込んでいて、これはとても重要。つまり、リードボーカルがいて、合いの手担当がいる。
 
日本では、特にアイドル音楽は合いの手を想定して曲作りをする。“合いの手”は、英語でピタリと説明できる言葉がない。民謡の時代からの伝統ともいえる。合いの手によって、誰もが歌に参加する機会を提供している。それをヘビーメタルに取り入れるなんて、ありえないことをやっているわけ。
 
 
『合いの手』って気持ちいいですよね。
BABYMETALの曲でも『合いの手』が確かに効果的に使われている。
 
面白いなあと思ったのは
英語に『合いの手』をピタリと表現する言葉がないという事。
へーそうなんだーと思ったんですよ。
我々日本人にとってあまりに普通の事だもんね。
 
歌だけじゃなくて、日常的に交わされる会話の中でも
『合いの手』ってあるし。
こういうところにも、日本人の特性みたいなところが現れてるのかな?
なにか日本独特の場の雰囲気形成のための
ツールのような意味もありそう。
 
日本人独特の場への一体感っていうのは
必要以上に空気を読み過ぎるとかデメリットも多いかもだけど
穏やかで優しい場を作りやすいというメリットもある気がする。
大体において『合いの手』は『愛の手』なような気がする。
 
もしもこの『合いの手』が日本独特のものだとした
自信をもって世界にアピールするべきだと思うなあ。
 
テロとかひどい事件が起きるたびに思ったりするんですよね。
なんでそんなに直接会ったこともない同士で
憎み合わなくちゃいけないのかなあと。
 
もしも『合いの手』が楽しいBABYMETALの曲を
世界中で対立してる人たち同士が同時に聴いて
一緒に『合いの手』を叫んで
一体になる気持ちよさを知ったら
ほんの数ミリ程度だけかもしれないけど心が近づくんじゃないかな。
 
ということでこんな記事を思い出しました。
『合いの手』を送りたくなった話です。
 
【「私はイスラム教徒。ハグしてくれますか?」パリの広場に立った男性、人々は......】