寄り道が多すぎる作家志望者のブログ

5年で10万人を泣かせる小説を書き上げるためのブログ

カズオ・イシグロ氏の「わたしたちが孤児だったころ」を読んだ

【わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Kindleカズオ・イシグロ  (著】
 
今回、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した記念に長らく積読だったこの作品を読んでみた。イシグロ氏の作品を読んだのはこれで4冊目ということになる。どの作品を読んでみても感じるのは「読み終わった後にジワジワくる」ということだ。この「わたしたちが孤児になった頃」は特にその傾向が強い。
 
そのジワジワくる感覚に似た感じは普段の生活でもたまにある。それは「あとになって気がつく」というパターン。ぼくの頭の回転が少々スローなのからかもしれないが、リアルタイムでは気がつかないのに、あとで誰かの話した言葉や態度の意味に突然気がつく、ということがけっこうある。それでジワジワと嬉しくなったり、悲しくなったり、時に思い出し笑いするわけだが、この「わたしたちが孤児だった頃」はそんな読後感がある。それはなぜか?ヒントはこの小説が主人公クリストファーの視点から描かれている、ということにあると思う。軽くあらすじを書こう。
クリストファーは10歳までを1920年代の上海で過ごした。父親が英国の大きな商社の上海駐在員だったため、家族は上海で生活していた。母親は上海一の英国美女と言われた美人だった。父親と母親は若く美しく仲が良かった。そのようにクリストファーには思えた。しかしある日、そんな生活は崩壊する。父親が行方不明になり、しばらくして母親も失踪したのだ。クリストファーは孤児になった。
 
彼は英国に住む伯母のもとで暮らすことになる。大学を優秀な成績で卒業し探偵になる。いくつかの不可解で残忍な事件を自らの頭脳と行動力で解決し世間の評判を集める。上流階級のパーティーにも招かれるようになる。
 
1930年代となった世界は第二次世界大戦直前の緊張に満ちていた。特に上海は最も危険な地域とされている。その緊張を緩和しようと、または自国を有利な立場におこうと、英国内の様々な人物が上海に渡る。その頭脳が評判だったクリストファーも上海行きを熱望される。彼は上海行きを決意する。しかし真の目的は幼き日に失った父と母を探し出すことだ。
 
クリストファーは育った家を10数年ぶりに訪れる。当時、父母の失踪事件を担当していた探偵を探し出し情報を追う。そして父母が監禁されていたはずの場所を訪れる。しかしそこにたどり着くには、中国軍と日本軍の激しい戦いの前線をくぐり抜けねばならなかった・・・・。
 
と、このように外面的なストーリーをざっとまとめると、わかりやすいストレートなヒーロー物のように思える。ところが、読んでいると、ところどころに、あれっ?という違和感を感じる。
 
例えば自らを名探偵であると書き記し、探偵とは悪と戦う選ばれた存在だとする男。この感覚というのはどこか不自然ではないだろうか?まるでマンガの世界の主人公だ。また失踪した父母は何の疑いもなく今も生きていて自分が確実に救い出せると確信していること。戦場で出会った日本兵を幼馴染のアキラでありその奇跡的な再会がまるで当たり前であるかのごとく疑いもしないということ。
 
この作品はイシグロ氏本人があるインタビューで語ったことによれば、当初アガサ・クリスティなどのいかにも英国的な探偵小説の雰囲気をもった作品を書こうとしていた、ということ。しかし、その狙いは書き始めてすぐに破錠したそうだ。結果的にこの作品はポアロミス・マープルが謎の事件を一刀両断する、みたいなふうにはならない。だけど、ある意味、クリスティーの最高傑作である「アクロイド殺し」が描いている「モチーフ」は再現されている。それは「騙る語り手」というモチーフだ。ひらたくいえば「嘘や勘違いをもとに語られた物語」ということだ。
 
アクロイド殺しの語り手は、騙りと気づいてから再読すると、すべてが嘘くさくて胡散臭い。対してクリストファーという語り手の話は、騙りと気がついてから、思い返すと、とても哀しい。その哀しさが「じわじわ」くる。
 
なぜ、クリストファーは騙らなくてはならなかったのか?なぜ自分自身に対しても嘘の現実を思い込ませねばならなかったのか?その理由はおそらくタイトルのなかの言葉である「孤児」だから、なのだろう。そしてこの作品において、クリストファーという語り手のことを、実際に書いているカズオ・イシグロ氏の視線は静かに優しい。ラストのページに書いてあるこんな言葉があとからじわじわとくる。
「しかし、わたしたちのような者にとっては、消えてしまった両親の影を何年も追いかけている孤児にように世界に立ち向かうのが運命なのだ。最後まで使命を遂行しようとしながら、最善をつくすより他ないのだ。そうするまで、わたしたちには心の平安は許されないのだから」
この作品で描こうとしている孤児とはどんな人のことを意味しているのか?なぜ孤児は探偵となって悪に立ち向かわなくてはならなかったのか?そんなに無理しなくてもいいじゃん、と思いつつもやはりじわじわとそんな人たちに共感してしまう。だからカズオ・イシグロ氏の作品をまた読みたいと思う。
 

はじめのあいさつ

どうも、はじめまして。

このブログは40代後半にして小説を書こうと企む私が、日々学んだことや、感じたことを記録していこうというブログです。

 

まず私の状況をざっと説明いたします。普段は普通に仕事をしていますので、特に必死になって作家になってやろうと思っているわけではありません。しかし昔から作家ってものに憧れてはいたんですよね。カッコイイじゃないですか。まぁそれだけではなくて、そもそも本を読むのが好きなんですね。特に小説が好きなので、いつか、一作くらいは、人様に読ませても恥ずかしくない作品を書いてみたいなぁと。

 

そんなふうに思い始めたのはわりと昔からで、高校生の頃にはそんなことをぼんやりとは思っていました。その頃、昭和末期というか1980年代後半ですね。ちょうど村上龍とか村上春樹よしもとばなな、なんかが人気があって、私も面白いなぁと思って読んでいた。で、あわよくば自分も小説というものを書いてみたいなと。

 

だけど、そう思い続けて20数年、全く書けなかったですね。その間、文章の書き方とか、2週間で小説が書ける!とか新人賞のとり方、みたいな本は断続的に読んではいたんですけどね。全く書けなかった。原稿用紙を買ってきて、書こうとしたことはあったけど、3枚以上書けたことはなかった。

 

ところが、40も半ばになったあたりにふとしたきっかけで書き始めた短い小説のようなものがどうにかこうにか最後までたどり着いたんですね。文字数にして6000字弱ですから、原稿用紙15枚くらい。ちょっと長めのショートショートというところでしょうか。それがきっかけで、内容の質はともかく現在までに10篇くらいのショートショートや中編を書き上げることが出来ました。

 

ショートショートが特に好きというわけでもないのですが「公募ガイド」という雑誌に作家の阿刀田高さんが審査してくれるというショートショートの公募が毎月あるんですね。で、それに応募しようと思って書き始めました。加えて公募ガイドには600字での短いエッセイの公募もあってそれも同時に応募しました。結果的にショートショートは4回応募して全く賞にはひっかからず、おまけで応募したエッセイの方が4回応募して佳作が2回、優秀賞が一回と意外に評価されて驚きました。

 

その後、一度有名な賞に応募していみたいな、と思い「オール読み物新人賞」に狙いを定めました。特に書きたいテーマとかアイデアがあったから、書いたというよりも、とりあえずメジャーの賞に応募したという実績が欲しかった(笑)石田衣良さんとか宮部みゆきさんと言ったビッグネームの作家を輩出した賞に応募するってのはカッコイイよなと。「作家に憧れているけどいつまでも書かない人」から「とりあえず応募はしたことがある人」になってみたかった(笑)

 

で、最終的に原稿用紙60枚くらいの作品を書き上げて応募しました。結構書き上げるのは大変でしたけどね。締め切りまで残り3日くらい残して完成したのかな。内容はともかく充実感はあった。まぁその後9月になって一次選考の結果がオール読物10月号に掲載されていて残念ながら私の名前はありませんでした。

 

で、それから少し虚脱状態になりまして、読むばかりで書くことがまったく進まなくなりました。これではいかんなぁと思いこのブログを始めるのをきっかけにまた書いていこうと思っています。ついでに書くにあたっていろいろと学んだことやネタになりそうなこと、考えたことなんかを寄り道しながら、ここに記録していけたらいいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

広告を非表示にする